2009年 06月 05日
蝶の舞う門を通り、海に出た。
寄せる波が泡になり、砂に沁み込む。
今は穏やかな海。

遠くに波間に揺れるものがある。

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Wide Angle Rolleiflex

消えては生まれ、生まれては消える命。
周りの想いとは遠いところで、その廻りは続く。
その廻りを回すのは何なのだろう。
分からない。

この生は何のためにあるか、何をやるべきか、
などと考えるのはすべての生き物の中で人間だけだ。

思惟も廻り、、、

砂の上に座る。
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by jazz_houser | 2009-06-05 12:09 | 新城島 | Comments(4)
Commented by riepon♪ at 2009-06-16 22:54 x
日々楽しみに見ながらも、なかなかコメントする時間がなくて・・・
やっと書き込めます^^;

この回とその前の2枚は、島を散歩しているような展開で好きです。

こないだ島に行ったときは、本当に蝶々が多くてびっくりしました。
宿を出てから茂みの中をてくてく。
誰とも会わないから、何も喋らない。
気づくと1羽、また1羽と蝶々がついてきて、
「あの世ってこんなふうなのかも」なんて思ってしまう。
そのまま誰に会うこともなく、彼岸の世界へ行ってしまいそうな・・・
そんな錯覚を起こした気がします。

たくさんの命に囲まれて、ごちゃごちゃと色んなことを考えているのは
自分だけだなぁと、馬鹿らしくなったり。
それでも考えを廻らせずにはいられない、ちっぽけな自分。

これは海に命を散らした方への花束、なのかな・・・
勝手に話作ってますが。
投げ込んだ人の想いも一緒に、海はすべてを飲み込んでいくんだな、
という気がします。
哀しくてあたたかい。

このカットはなんだかとても「らしい」な、と思っちゃった(笑
遠い(そして近い?)ところ、後生に惹かれるのですね・・・
Commented by jazz_houser at 2009-06-17 01:03
riepon♪さんこんばんは。
コメントありがとうございます。
私の両親は健在ですし、日々自分が死に直面しているなんて思いません。
頭では理解はしていますが、実感もないです。
それは幸せなことですよね。
ただ、自分がそれに直面または自分自身がそうなったとき、
マブイハメグル、そういう気持ちでいたいと思うのです。

こちらをご覧の皆様で八重山に行ったことのない方は私のごく限られた体験、偏った話を通じてイメージを持ちます。
riepon♪さんのように、たとえ初めてでも、短い時間でも自分の身体で、
八重山を感じて、そう思ってくれるのは嬉しいことです。
何より私の感じた八重山とは異なる、その人だけの想いが生じることがもっと嬉しいのです。

旅は此岸(この世・今生きているこちら側)と彼岸(あの世・自分の世界の向こう側)を行き来することです。
一時的にでも彼岸に身を置くからこそ、分かることもあるし、
そこで普段考えないことを考えるのがとても楽しい、
ありがたいことだなと思っています。
Commented by riepon♪ at 2009-06-17 03:25 x
真摯なコメントありがとう。
なんだか最後の文は、誤解を招くような表現でしたね。
これじゃあ「死」に惹かれてるという意味みたいよね・・・
ごめんなさい。

個人的には最近、人生って「死」に近づいていくことだな
って漠然と思うようになりました。
別に暗い意味ではなく。

誰にも必ずやって来る、死の瞬間。
家族や大切な人と死に分かれる時まで、どういう関係を築くか
自分の死まで、どうやって時間を埋めるか
若造ながら、それが人生かな、なんて。
結局は「何を思い、何をするか」っていうのと同じかもしれませんが。

でもその瞬間にマブイハメグルと思えたら、本当に素敵なことだな
と思います。

八重山に行ったおかげで、こんなふうに考えるようになったのか
どうかは分かりませんが、確かに人は自分だけの想いを追い求めて
旅をするのかもしれませんね。

大阪での展示、大変そうですが、頑張ってね。
ご盛会をお祈りしてます☆
Commented by jazz_houser at 2009-06-17 10:07
>riepon♪さん
ありがとうございます。
なんとなくですが、時間を埋めるか、よりも、積み重ねるかという気がします。
蓄積といいますか。
また八重山に行ってくださいね。
これから大阪に旅立ちます。


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