2009年 05月 15日
隣り合う
誰もいない、誰も来ない浜をゆく。
影が長くなった。日がだいぶ傾いてきた。
すぐ向こうに下地島が見える。

新城島の上地―下地間は、干潮時には歩いて渡ることも可能だが、
帰りには潮が満ちてくるだろうからお勧めできない。
潮の満ちるスピードは想像するよりも早いから。

砂浜に座って下地のサイロを眺める。
辺りには、世界中から届いた贈り物が散らばる。
ペットボトル、洗濯ばさみ、注射器、、、
書いてある文字は中国語・ハングル・英語、もちろん日本語もある。
でも砂浜はとても綺麗で、さわさわ手のひらで白砂を撫でてみる。
誰もいない、来ない浜は拾う人もいないんだもの。

ふっと立ってバッグを担いだ。
視線の先のサンゴの間、もう一つ贈り物を見つけた。

f0182432_18483345.jpg

Wide Angle Rolleiflex

波で運ばれた自然からの贈り物。
台湾から?それともはるかインドネシアからか。
長旅の末、やっと芽を出した。

すっと心に浮かんだ。

今新しい命が生まれた

その瞬間に死が約束された

きっともうすぐ訪れる

誰も来ない砂浜で
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by jazz_houser | 2009-05-15 18:49 | 新城島 | Comments(4)
Commented by lotuspapa at 2009-05-16 09:04
名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ

故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
枝はなお 影をやなせる

われもまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ

実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)

海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙

思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん

お恥ずかしい話ですが、私は中学生くらいの頃、初めてこの曲を聴いたときに泣いてしまいました。島崎藤村の想像力の何と豊かなことでしょう。
Commented by jazz_houser at 2009-05-16 14:11
>lotuspapaさん
想像力をかきたてる、美しい日本語です。
詞全体に共感を覚えます。
まさに、です。

この記事を書きがら、確か椰子って曲があったなと思っていました。
「椰子の実」が嶋崎藤村作とは知りませんでした。
あの年配の声の歌を探してみたらなかったのですが、
UAがカバーしていたものがありました。

http://www.youtube.com/watch?v=yNXM5mTzL2c

それが・・・
このPVの撮影地は波照間島ニシハマによく似ているのです。
夕方満潮時のニシハマに。
右後方に見える岩。
水平線近くに見える西表島の島影。
似たような景色は沖縄にはあるのでしょうが、
私にはニシハマにみえてなりません。
Commented by lotuspapa at 2009-05-16 17:30
私はこの曲を一番までしか聴いたことがなかったんですが、
今回初めてフルコーラス聴きました。
UAの他に夏川りみバージョンも聴いてみたんですが、
二番の詞の最後のほうに、「思いやる八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか国に帰らん」とあるので、UAバージョンのロケ地が
八重山諸島のどこかである可能性は高いと思います。

夏川りみバージョンはこちらです↓

http://www.youtube.com/watch?v=_etprRtT1hs

漢字の歌詞が付いていますので、こちらのほうがより
旅情や郷愁を感じやすいかもしれません。

余談ですが、間奏の時に出てくる柳田國男と島崎藤村の肖像写真が、
荒木経惟氏と蜷川幸男氏に見えてしまうのは私だけでしょうか?
Commented by jazz_houser at 2009-05-16 18:31
爆笑してしまいました!!
本当にそっくりです!!
すごい。。。

この歌は八重山と直接的な関係は分かりませんが、
もしかしたら島崎藤村は八重山を思っていたのかもしれません。
「八重の汐々」のくだりもそうです。
ヤエヤマヤシは石垣島米原と西表島星立に自生しています。
毎年石垣島から椰子の実を海に放ち、それを渥美半島の伊良湖岬で受け取ろうというイベントが行われているようです。

柳田國男さんはいろいろな沖縄関連書籍で目にします。
ちなみに荒木さんも沖縄を撮ってますね。
lotuspapaさんとのお話で掘り下げられました。
ありがとうございます。


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