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2008年 10月 31日
芸能の島
私が西表島にいるちょうどその時、
小浜島では結願祭という行事が行われていた。
同じ日(己亥・庚子・辛丑)というのは関係があるのではないかと思った。

私の見た西表・祖納の節祭は、集落を挙げての行事。
農業のサイクル(節)の改まり。正月を祝い、住民の健康祈願、幸福を祈願する。
しかし、節という考え方は新暦の節目(いわゆる今のお正月)、
旧暦の節目と比べて衰退しているようだ。
農業の割合自体が下がっているから、各地にあった節行事も衰退したり消滅した。

波照間では、
節(新暦10月あたり)から豊年祭(新暦6月)までは、農業に専念するため、
鳴り物を吹いたり、歌ったり踊ったりという“遊び”は控えたそうだ。
節の時は味噌などの使用を控え、塩味だけにするとか。
今は小規模に公民館主体で行われている。

結願祭について少し調べたところ、
今年の豊作(願いの成就=結願)に感謝し、来年もまた五穀豊穣であるよう祈願するもの。

これまでの儀礼(願)の集大成を行い、盛大に奉納芸能を行う。
結願祭を見ることで、その島の芸能を知ることができる。
いつか結願祭も見てみたい。

数百年続いてきた祭祀には、島の個性と、神の気配が漂う。

笛の達人がいるとどこかで聞いたことがある。
小浜島は芸能の島。
三線が出来上がったら、1曲でも民謡を弾けるようになりたいな。

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おばぁも若かりし頃、小浜節を踊ったのかな。
今では孫が艶やかな舞を受け継いでいるのだろう。
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by jazz_houser | 2008-10-31 17:58 | 小浜島 | Comments(2)
2008年 10月 30日
人に還る
昨夜八重山から帰って来ました。あまりの東京の寒さに絶句。
あっという間の4日間でした。
会社の上司からも「え?帰ってたの?早くないか(笑)」と言われる始末。

石垣島の定宿「コスタデルソル」に報告の置手紙。
二便で渡った波照間島では島内各所をめぐり、
特製(大げさ!)DMを宣伝させていただきました。
・黒みつスペシャル&コーヒーがおいしい「みんぴか」さん ※甘党な私はニシ浜を見ながら・・・
・シナ子さんのいる愛の巣「やどかり」
・ゴーヤとトマトのパスタLove「花花」さん ※ここがないと私は飢えてしまいます
・島の絶品居酒屋「あがん」さん ※飼いヤギの幸子は本当に操さんを愛しています
・黒糖ジェラートとこだわりのセレクトショップ「仲底商店」さん ※身の回りで色々愛用してます
・仲むつまじいご夫婦と娘さん&看板猫、島にも観光客のためにも尽力されている「SUN輪舎」さん
などなど。
個展で使用するペーパーで作りましたので、雰囲気が伝わればと思います。
写真はそっちのけで、色々と忙しかった(^^;
島でふと見かけて興味を持って来てくれたら、嬉しいです。

西表島では祖納にて行われる節祭(シチ)を前夜から見てきました。
東京からお手伝いに来ていた明治学院大学と立教大学の学生さんが頑張っていました。
若い方の縁の下の働きはとても貴重で、祭の成功に役立っていたと思います。
できれば私も学生のころ手伝いに来たかった!
思うところは撮った写真とともに後日書きたいと思います。

ミルク神、今日のYahoo!ニュースにも出ていたね。
ミルクははるか海の彼方からやってくる豊穣の神と言われる。
祭では神が人に降りる。人が神になるとも。
シチでは11時ころに神が光臨してから、17時に戻るまで6時間、
何も飲まず食わずで神で居続ける。
儀式を終え、やっとミルクの面を外したそのお顔は、
まだ神の雰囲気を感じるほど、私にとってはありがたいものだった。

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竹富島の海と空。
ミルクはこの海を越えて世果報(ゆがふ)を齎しにくるのだろう。
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by jazz_houser | 2008-10-30 00:41 | 竹富島 | Comments(8)
2008年 10月 24日
手をつなごう
今日の最終便で那覇へ。
明日昼には波照間に入ります。
27、28日と西表の節祭を見てくる予定です。
急ぎ足な旅だけど、天気に恵まれるといいな。

撮影はいつものとおり、よんなよんなですが、
今回の八重山ではそれとは別に個展に必要なことをしてきます。

節祭というのは、農業の1サイクルの“節”目ということです。
節目の前日は大晦日にあたり、集落から家を清めて、
新しいサイクルの到来を待ちます。

最近のお気に入りの曲は



絢香 「手をつなごう」

失礼ながら絢香についてはCMで見かけるくらいで、
ちゃんと一曲聞いたことはなかった。
情熱大陸で絢香が取り上げられているのを見て、気になり始めた。
その後、「絢香の手をつなごうのPVは波照間島で撮影された」と
目覚ましTVでやっていたものだから大変!

“手をつなごう”という曲のPVが波照間で撮影されたというのは、とっても深い。
波照間では伝統的に「ユイマール」という精神が息づいており、
自分のキビ畑を収穫する際は、自分の属する「結」が共同で行う。
現在は時給制になっているが、昔からそれは厚く、
家を建てるのもユイで行っていたという。

いつか波照間のニシハマで「手をつなごう」をご本人に歌って欲しいなぁ。
きっと、とてもいいはず。

島風に吹かれに行ってきます。
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by jazz_houser | 2008-10-24 14:41 | 個展準備 | Comments(2)
2008年 10月 23日
素早いヤツ
私がしょっちゅう八重山に通うのを、
かねてから母は不審に思っていたようだ。
「それほど好きな理由を知りたい」というので、
最初で最後、母を連れて八重山に行ったことがある。

夏は暑いからイヤというので、では11月に。
冬の海は荒れるので波照間は避けた。
石垣ではやまもとで石垣牛。
西表では西表島温泉。
鳩間ではのんびり散歩。
石垣経由で小浜はシュガーロードから大岳(うふだき)。
のんびりというのがわからない母なので、
盛りだくさんな旅となった。

鳩間島のシーサイドマイトウゼの前で、食事を待つ。
浜を白いのが高速移動していた。
砂浜に開いた穴を掘り返して捕まえる。
これほど大きくなるカニ(素早く走るヤツ)は鳩間でしか見ない。

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せっかくだからと母に持たせてみた。

いつか母の墓は八重山にしたい、と言ってみた。
そうしたら四季折々会えるのに。
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by jazz_houser | 2008-10-23 23:31 | 鳩間島 | Comments(0)
2008年 10月 23日
明日への扉
西表島の陸路で行ける最西端、白浜集落。
最果て感が漂う。

いつ行っても変わらない気がするが、
よく見ると庭の鉢植えの位置が変わっていたりする。

白浜小・中学校は集落のはずれにある。
対岸の船浮小学校もこちらに合併されてしまうかもしれない。

離島の学校は青息吐息だ。
生徒4人に教職員10数名といったところもある。
現在の日本の方針は、効率(税金の活用)を最大限にするために、
学校が不経済ならば再編という名で統廃合も致し方なし。
そういう風潮だろう。
都心でも、どんどん母校が姿を消している。

しかし、島の学校がなくなると、もっと重大だ。
船で通うわけにはいかず、そこに住む家族は引っ越さざるを得ない。
もうその集落は存続していけない。
物質的なもの以外の文化、独自の行事や祭も姿を消すことになる。

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この扉を開けて、違う世界に旅立つ。
そこは光が満ち溢れているのだろうか。
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by jazz_houser | 2008-10-23 01:03 | 西表島 | Comments(0)
2008年 10月 22日
御獄の道
黒島の砂利道をゆく。
太陽の鋭い光線を腕に受けながら自転車をこぐ。
一時前の通り雨で、地面からもわっと湿気が上がってくる。
挟み撃ちだ・・・

石垣や西表を除いて、
他の八重山の島には高木が少ない。

やっと木陰を見つけて、一息いれよう。
こんもりとした森の中で自転車を降りる。

その瞬間、皮膚が粟立つような感覚が走る。
周りを見渡して、全身の神経を澄ませると、
なぜだかここだけ空気の密度が濃い。

やがて森の命、木々や雑草、蝶にいたるまで、
生命が湧き立ってくるのが分かる。

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クワズイモがにょきっと存在を誇示する。
今にも私を叩いてきそうだ。
御獄とはそういう気配が満ちるところ。

黒島 北神山御獄

Wide Angle Roleiflex Distagon 55mm
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by jazz_houser | 2008-10-22 00:42 | 黒島 | Comments(0)
2008年 10月 20日
平久保半島
石垣島は広い。
島を一周する際に、一筆書きしたいと思うのは当然のこと。
しかし、普通は一筆書きできない(しにくい)のだ。
平久保半島の付け根、伊原間(イバルマ)より先は、
半島の左側を通る一本道になっている。

しかし、どうしても一筆書きしたいのが人情。
明石集落の北から、鉄の門を開けて平久保牧場への道をゆく。
入ってしばらくしてから後悔することになる。。。4WD以外では絶対にやめたほうが良い。
未舗装の悪路、張出して邪魔する植物。
気づくともう戻れない。
電波も通じない、スタックしたら誰も通らない・・・背筋がゾッとする。
探検気分はとっくに消え失せ、
牧場を空へ貫く一本道は、まるで後生(グソー)への道のよう。
海風が身体を吹き抜けてゆく。

平久保半島は大昔、石垣島では過酷な土地だった。
マラリアが猛威を振るい、人が寄り付かない辺境の地。
当時「平久保送り」とは、絶望を意味するほどだったようだ。
今は移民により開拓され、いくつか集落がある。
人が少ないためだろう、平久保半島の東側には最も発達した珊瑚礁がある。

私は必死で車の各所に神経を使いながら、小川を越え、
牛の通せんぼを掻い潜り、平野集落までたどり着いた。
途中から車のナビもありえない地点を示しており、役に立たない。
やっと人影を見つけた。

憔悴して、「平久保灯台へはどうやって行けば?」
その人は真っ黒だった。
ぼーっとしながら、車を発信する。
黒いワンピースを着た綺麗な人。
法事か葬式だったのか。

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廃屋はやがて緑に包まれる。
ひっそりと確実に。
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by jazz_houser | 2008-10-20 22:12 | 石垣島 | Comments(6)
2008年 10月 19日
夜釣り
魚は夜や早朝よく釣れるという。
定期船がない新城島は他の島に比べて、
珊瑚礁も残り、魚影も濃い。

おじぃ曰く、
『昔はおばぁが、あと少しでご飯が炊けるよ』
『じゃぁちょっと突いてくるわ』
という感じで、20分ほどで
両手に持ちきれないほどの魚や海老を獲ったという。

新城島には、自動販売機も売店もない。
当時は携帯電話も通じなかった。(今は港の先端で大原の電波が拾える)
都会の生活に慣れた人間には不便極まりない。
不便さと自然はトレードオフなのだ。
私には・・・ずっと不便であってほしいとは言えない。

明日のおかずがない。
おじぃが夜釣りに行くという。
私も同乗したい気もしたが、おじぃを撮ろうと思った。

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日が落ちて、空にはかすかに残照が残る。
遠くの小浜島の明かりが瞬く。

風がよく、大漁だった。
その後2日間同じ魚を朝昼晩(^^;

Rolleiflex 3.5F Xenotar
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by jazz_houser | 2008-10-19 21:43 | 新城島 | Comments(4)
2008年 10月 18日
老人と海
ヘミングウェイの小説ではない。
与那国島の82歳の海人が、大海原でカジキと戦い、生きる物語だ。
ジャン・ユンカーマン監督が撮影した映画である。
その老人の最期はやはりカジキ漁の最中であったという。
遺された小さなサバニ(木でできた船)が久部良に展示されている。

断崖絶壁の多い与那国で、安全に船が出入りできる港は貴重だ。
与那国旅行の裏名物、与那国行きフェリー(通称:ゲ○船)も、石垣-久部良間を結ぶ。
さすがの大きなフェリーも外洋の荒波には、船内で人が転がるほど揺れるという。
私は軟弱なので専ら飛行機だが・・・

その荒波に揉まれる海人たちの操る船は、タフだ。
船底の塗装を何度も塗りなおすのだろう。

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コンクリートはまるでキャンバスのようだ。
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by jazz_houser | 2008-10-18 19:28 | 与那国島 | Comments(2)
2008年 10月 16日
個展準備2
新宿展が2月なので、あと4か月。
なかなか思うようにはかどらないけれど、
パブリシティ原稿(新聞等のメディア向け説明文)とDMデザインはできた。

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これはお蔵入りとなったDMデザイン案。
今は決定したデザインをデザイナーさんに預けて版下の上がりを待っている。

これからいよいよ写真自体の最終セレクトとプリント製作に取り掛かるが、
多分同時並行になるんだろうなぁ。

頑張らねば!
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by jazz_houser | 2008-10-16 16:32 | 個展準備 | Comments(8)